週末のこと

 帰るのが遅れてしまうと仕方なく深夜バスを使うことがあります。先日も0時過ぎに最寄り駅に到着したところ、ちょうど深夜バスが出発するところでした。これに乗れば終点から歩いて10分くらいで家に着く、雨が降っていたことや給料日前で無駄な出費は避けたいこともあって、既に満員になっているバスに無理矢理乗り込みました。満員の車内は湿気と疲れでやや重苦しい感じです。まもなく発車という時になって、乗車口あたりで二人の女性が揉めています。どうも”一緒に乗るのか一本遅らせるのか”どうかで揉めてるようでした。
「ほら!あとひとり乗れるから乗りなさいよ」
「いいって、あたし待つから」
「大丈夫だから!」
「いや、待つから!」
週末ということもあって一杯引っかけてるみたいな感じのやりとり。さすがに既に発車時間は過ぎている事もあり、運転手さんに促された二人は乗ることになりました。
「はい、二人分ね」
「だめよ!あたしが払うわよ」
「いいのよ、さっき出してもらってるし」
「そういう事じゃなくて、ここはあたしが払わないと!」
「いいからいいから!」
と、今度は”どっちが料金を払うか”でダチョウ倶楽部状態に・・・。あいにく上島竜平役が居ないためにやりとりを止める人もオチをつける人もいません。暴走する二人。徐々に車内を支配していくイライラ感。件の二人は発車後も満員すし詰めの車内で井戸端会議を始める始末。車内の誰もが「おいおい、勘弁してくれよ・・・」と目で訴えかけてますが、あいにく誰も注意できませんでした。ため息が漏れ、車内のイライラが徐々にギスギスへと変わっていきます。そんな中、女性二人組の近くにいたおじさんが、酔っぱらいながらも一喝しちゃいました。第二幕の始まりです。
「おい、静かにしろよ!」
「あぁ!?なんだお前?」
「うるせえって言ってんだよ!黙れよ」
「なんだコラ!やんのか!?」
「いいから黙れよ!」
「お前なんだよ?!どこで降りるんだよ!?」
と巻き舌全開の喧嘩腰でやり合ってます。中坊顔負けのヤンキー口調。さすがに殴り合いまではいきませんでしたが、ヒートアップして手がつけられなくなりつつあります。ギスギスから諦めの表情に変わる乗客。運転手さんも「めんどくせえなぁ」と投げやり気味にバスを進行させていく。途中で乗り込む人もなく、車内の人数もバス停をすぎるごとに徐々に減っていきます。満員のギスギス感もようやく薄れ始めてきました。相変わらずどっちが男なのか分からないくらいの口汚さで罵り合う三人。ただ、他の乗客も半ば無視を決め込むだけの余裕ができたようで、やりとりは続くもののどうにかやり過ごしそうな感じでした。自分はというと、当初居た先頭付近から後部座席へと席を移ることができました。「やっと落ち着けるかな?」と思っていたところ、さっきよりも鮮明に喧嘩の内容が伝わってくるのです。・・・運転手さんのピンマイクが喧嘩の様子を余すことなく拾っていました。車内後部のお客さんにもリアルタイムで中継です。隣の席の乗客が「キチガイばっかかよ・・・」とボソリとつぶやく。苦笑するしかない自分。「こんなことなら30分かけてでも歩いて帰れば良かった」と後悔し始めたその時、
「降りろやコラ!」
「てめえ逃げんのかよ!」
「ちげえよ!降りろっていってんだ!」
「ああ、上等だ!やってやるよ」
静かな住宅街に放たれる獣三匹。無機質に閉まるドア。通りすぎる修羅場を車内から注視している乗客。そして車内に響き渡るアナウンス。
「はい・・後は知りませーん!」
乾いた笑いと開放感に安堵の息を漏らす乗客。終点までの停留所は、あと三つ。