邂逅

新幹線から降りる。台風のせいで身体に纏わりつくように湿気が襲い掛かってくる。ずいぶん到着が遅れてしまった。アクシデントのせいとはいえ悪いことをした。大急ぎで彼が待っているであろう有楽町に向けて山手線に乗り換える。実際の彼はどんな人だろうか? 色々なことを想像しながらあっという間に有楽町に着く。夜も遅く,多くの人が足元を気にしながら家路に急いでいた。その人ごみがまるでモーゼの十戒のように割れた。その中心にはちきれんばかりの巨体を揺らしながらニコニコと笑う男がいた。
「ぶふぉー・・ぶふぉー・・・ども・・・」
そう言いながら差し出してきた男の手は脂肪で分厚く包まれ,そしてねっとりと湿っていた。男は握手という名のスキンシップを右手で図りながら,左手でレトルトパックのカレーを搾り出しながら飲み干した。まるでウィダーインゼリーでも飲むかのように一気飲みする男に私は驚愕と恐怖がない交ぜになる。今まで見たことがない,あまりに常軌を逸した食欲。そのまま私までもがその巨体に吸収されてしまうのではないか,という嫌な想像が頭を過ぎる。カレーを飲む様をじっと見る私に向かって男はこう言った。
「ぶっふぉー!あげませんよ!!」
ここまでくると食い意地というよりも本能なのだろう。この男にとって食料を譲るということはその時点で命の危機なのだ。たとえ飽食の時代と言えど,脈々と受け継がれた生物としての本能に実に忠実に生きているのだ。
「どうしましょ?どこ行きましょうか?」
「ぶふぉー・・・まだまだ・・ぶふぉー・・食べれますよ」
「え?・・あぁ・・・はい」
既に多くの店がラストオーダーの時間を迎え,行く店行く店で入店を拒否された。決して彼をつれていたからではないと思う。いや,そうではないと思いたい。結局どうにか見つけたアイリッシュパブで飲むことにした。ただ入り口が少々狭く,入店するためには彼の身体を押し込むというこれまた修行のようなスキンシップが必要であった。むろん服越しにもねっとりとした感触が伝わってきた。まるでこの後起こる悲劇を象徴していたようだった。